桧枝岐(紅葉を訪ねて)
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
快晴だったんで、R289に別れ、大峠へ足を向けた。 駐車(観音山雨量測候所)が少し手前過ぎたので、 大峠林道終点までの往復に余計な時間を取られた。(万歩計に寄ると峠までの往復は16,600歩)
以前は残っていた石畳も今は砕石状態で、かつての面影は失われてしまっていた。
この会津中街道(松川街道)は元禄時代、会津藩主保科正容は大峠を越えの街道を参勤交代に利用した。しかしあまりにもきつい登りで、馬は登れず、殿様も歩くしかなかったので、この峠越えの参勤交代は3回ほどしか行われなかったと聞く(麦飯坂経由か)。


さて、風露草など花たちも最期で、紅葉はというと、本番まで、あと10日以上というところだろうか。流石山へ登りかけたが、陽も陰ってきたので辞め、撤退した。


| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
以前、「さようならマツムシソウ」の題でレポートしたが、今年は広場のツツジの陰などに生き残りを3株みつけた。
刈り払わぬように目印の保護措置があって、生き残ったらしい。
かつては、広場のイチメンに咲き誇ってっていたが、「山の駅」や焼肉テーブルなどの設置でほぼ全滅した。![]()
散策道の入口あたりのススキの中にも数株、林叢には大きい群落があると聞いたが、未確認。
昨日、これに関連して栃木県立博物館の「高原山の自然」を見てきたが、自然科学としての高原山のみの底の浅い展示で、この山の雑木が足尾銅山を通じて日清・日露戦争に関わってきたことや、軍馬育成場のせいでレンゲツツジのみが残ったこととか、薪炭生産(かつての森林軌道も)の盛衰など近世史的、人文科学的側面は完全に欠落(隠蔽)されていて残念。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
最近のコメント