カテゴリー「写真雑記帳(旧掲示板より)」の記事

2009年10月30日

フォトエッセイって

人気だけど、普通の写真1枚に「相田みつを」風な言葉を1言づつ、しつこく改行してセンタリングすれば
「写真詩」(カテゴリー)だっていうふうみたいだけど、どうなんかな?

言葉が『詩』といえるものになったとしても「写真」が添え物なんだ。舞台の書割扱いだ。
写真趣味の立場からいえば、「写真作品を粗末に扱っちゃて・・」と嘆くしかない。
            $
ずっと以前は『束写真』とか『群写真』っていって都合100枚くらいを、
壁にテープでベタベタはりつけて、そのままワイワイ合評しあったものだったヨ。
対象は「写真」そのもので、裏の心根や作者の人格!までは触らなかった。
オイラは例会でそこまで触って皆に嫌われたナ。
・・・実際、コトバじゃぁ伝えきれないから写真撮ったのに・・・

個別に見ていくと↓

D00_thumb1

っていう写真なんかを!

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2009年8月 9日

長崎のことなど

Nagasakibomb War毎年のことだが、この日になる黙って ジョー・オダネルの写真をながめる。
鎮魂や、「反核という思想」?ではなく、あるいは今年の広島市長の『宣言』を長崎市長は素直に受け継げるんだろか、と心配になる。

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☆・・・・にもかわらず人気の「田母神」将軍?や右翼諸氏は気にもかけない・・・


Nagasaki

東松の『11:02NAGASAKI』はいい写真集で、即物的ではなく、余計に胸が詰まる。知らない人はぜひ開いて見て欲しい。⇒
写研のハードカバー版の方がいい。にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ

☆以前、アメリカのワシントンDCにあるスミソニアン航空宇宙博物館は、日本への原爆投下など、大衆の教育をねらった「エノラ・ゲイ50周年記念特別展」を企画した。だが、アメリカの「退役軍人協会、議会など」の猛反発を受け ることとなり、その企画内容は完全に骨抜きにされたばかりか、博物館のハ-ウィット館長が、辞任を強要されるという政治問題に発展し完全に葬られてしまっ た。「田母神」将軍や右翼諸氏と同じだ。中国の少数民族政策に根っこは酷似する。

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2005年10月23日

HP掲示板から( 避難場所 )

  • HP掲示板が閉鎖されるので、ここへ引越し。
  • @niftyで引越ししたというが、どうもホントじゃないので、ここへCOPYしなおした。

  カテゴリー 写真雑記帳

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2005年6月 5日

Re: 改めて拝見致しました 

私のこの猥雑なHP作りは、MAEKITA氏のサイトを開いた時から始まった。改めて感謝である。(特にトップの霧と桜、まさに、アナの目に焼きついたあの怪物の足跡・・・のように。)

●氏のサイトは、氏の写真群の生のタッチを彷彿させる。同好諸氏は↓必見であろう。

●丹平について雑感を少し
随分以前の合宿の際、福島辰夫氏に「安井仲治を見よ」といわれて、撮り始めた。そして、昔の丹平写真倶楽部の面々(川崎亀太郎、木村勝正、池宮清一郎・清二郎兄弟、岩宮武二、堀内初太郎・・・・などなど)の写真を知った。
(後日、棚橋紫水氏に出会い、「四隅のどこかに、しっかりと完全な<黒>を焼き込む」ことなど暗室技術の話。)ETC.
 記憶の底の物話。

後日、瀬戸内豊島の写真家、小林恵氏にあう機会があって、氏が棚橋師の最後の弟子だということで、師の話題、丹平の話。銀座ニコンの写真展の撤収時の人足。偕成社?の編集部のAさん、ほか、8×10カメラ買った友人の動向、環境ビデオ・・・。

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2005年5月25日

改めて拝見致しました 

KEIZOU MAEKITA [URL]  

NOV様こんばんわ!改めて作品拝見致しました。NOV様が見た記憶の断片が此方にビンビン伝わってきました。消えそうで消えない断片群が語りかけて感動致しました。また、ミツバチの囁き映画の好みも大変似ていますね。フランケンシュタインが・・・・宜しく御指導下さいませ。

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2005年5月14日

keizou 氏のサイト 

Img001ffffff_2 keizou氏は、氏の有名かつ素敵なサイト「RUINS PHOTO EXHIBITION」について

「衒い(てらい)」を見せて、変なコト言ってるが、これはトンデモナイことで、ぜひ、皆さんも、御覧いただきたい。「モノクロームって素敵!」を充分味わえます。

氏のサイトに触れたのは、偶然のできごとだったが、これを観て私も自分のサイトを起こす気になったのだから・・・・。

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2005年5月13日

Re暗さを   

 KEIZO MAEKITA     [URL]  

NOV様、私のちんけなサイトを訪問していただき有り難うございます。其方のサイトを拝見させていただきました。写真に気配があり大変上手い方だと思いました。私の写真に非常に近く、考え方も似ていて、興味深く拝見致しました。白黒は生みの苦しみもありますが、プリントで初めて立ち上がってくる息吹のようなものを感じます。お互いモノクロにベストをつくしましょうね。
若輩者のサイトゆえ、至らぬこともあると思いますが、宜しく御指導下さいませ。
リンク感激致しております。・・・

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2004年5月31日

blog

掲示板を廃して、blog化。

BLOG1

<<<書き込み終了>>>

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2004年5月22日

滑稽話。

デジカメ撮影時は、老眼気味で・・液晶モニタを見るのに近眼めがねを外し、被写体を見る時には掛け直したりして、忙しいこと。
 順光時は、そのモニタも陽光で見にくいし、付けっぱなしじゃパワーも食うし。老人たちは、震える手を目一杯伸ばしてる(だから、ブレ防止機能?)。モニタを見るのにルーペも必須だろ(モニタのサイズを変えた?)。Monita

  一眼型じゃなくとも、近頃のファインダーはズームに連動してるし、通常撮影時はパララクスもないのに『(ケイタイや運動会のビデオママみたいに)デジカメは身体から遠ざけて構えるって、文化スクールなんかじゃ教えてる。
「光学ファインダーとか、何んであるの?」だって。(もっとも、マクロ時は、ま、そうして確認するけど、ものによっては、はじめから光学ファインダがないらしい。)
ま、それぞれの作品にとって、人それぞれのやり方が正しい。

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2004年5月 9日

秋山庄太郎と花

 NHK教育で見る。ゲストは立木。
婦人科「アキショウ」が花を始めたときは、驚いた。
「プロは次第にアマチュアの心を目指すようになる。写真少年に戻る。」と立木
『善意に満ちて撮る。』低俗でなく通俗写真へ。

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2004年5月 6日

関東平野は一面どんよりの曇天でも、


めげず、那須岳牛ケ首に向かう。
山上は予想どおり、これ以上無い快晴。左奥に燧ケ岳が微かに覗く。北には遠く飯豊や安達太良の白い峰々・・・・。
姥ケ平に下って行ったパーティ、【知恵遅れの背の高い少年】と引率する若い教員の二人組、バイクのヘルを抱えて行き迷ってた会社員風の青年、普通のカップル1組、以上が出合った全員。風もなく静かな山行。

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2004年3月 7日

高田契写真展。


 「山頭火拝寫」と銘打って、山頭火の句が添えてある。
しかし、「水」という語には「水辺」の写真を付け「草」なら雑草・・・山、道・・語が重なり印象が拡散する。
    $
山頭火の吟ずる「水」は、その「水」なのか、一般化してしまっていいのか
(句は写真と同じ位の空間を使って離して置いたほうがいい。)連歌の脇句としての写真なのだから。

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2004年3月 3日

topに追加

白河駅前」、「a bus」を追加 特に後者は、シュールに・・・

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2004年3月 1日

中平卓馬伝説を見た

 NHK3 原点回帰だと。遠回りしてみただけだった、と。
おっと、「植物図鑑!」を読み直さなくっちゃ。 
     *
昔、「プロヴォーク1・2・3」を部室に置いてきた。
かっこいい「絵」ではあった。あの時代のファッション。

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2004年2月17日

昨日の森

雪煙が舞い上がってたてから、と、
育樹祭跡に向かった。
風が止んで、吹き溜まり。
  水仙月 2月!

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2004年2月14日

咲き出した。


福寿草、玄関前で
バラには雑魚の「はやにえ」。

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2004年2月 8日

山は雪晴れ

しばらくぶりの降霜もあった。

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2004年2月 6日

ルポルタージュにっぽん「ボブ・ディランがやって来た」


 立木義治:で、写真ていうのは、たった1枚
の写真でベトナム戦争が終わったりとかね。
それから筑豊の子供達が幸せになったりとか
ね、そういうことはないわけですよ。
村上龍:うん。
立木義治:で、たかだか写真じゃないかって
いうとこから出発しないとやっぱ写真が面白
くなんないんでね。

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2004年2月 2日

レニングラード攻防戦Ⅰ

BS1で見た。昔の兵士の証言が心地いい。
「私は(兵として)敵とこう戦った。」
(これでいい。!)
ドイツもロシアも社会体制の総括が済んでるから、証言できる。 

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2004年1月27日

スライド変更

いままでのJAVAをFLASHにかえる。・・一部だけど。

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2004年1月15日

年賀状ver終了


意見広告に替えた。
  $
テッド・チャンを読了。

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2003年12月30日

今日の高原山


夕方まで快晴

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今月のお気に入りを

正月ヴァージョンに変更

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映画「蝶の舌」を観終わった。

評判ほどのことはない。
 *
昨日はバグダッドカフェ。CCH・パウンダーがいい。

 *
セバスチャン・サルガド「エッセイ」"ESSAYS"=試論展を先日見た。
サラ・ペラダ金鉱(ブラジル)で蟻のような鉱山労働者。
廃墟となったカブール。
http://www.d-farm.net/review/exhbt/exhbt-2003-12-1.html

 *
このまま行くと、来年は公私共に平穏な年にはならないだろう。

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2003年9月15日

少し拝見しました 

福嶋

NOV様のページ、少し拝見しました。
作品から察するところ、私より、少し年長の方とお見受けしました。
あの時代には、まだ私は写真にまったく興味をもっておらず
今思えば、少し悔やまれます。

あと余生幾許かわかりませんが、もう少し
写真を撮っておけたらいいなと、思うこの頃です。

 

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2003年9月13日

★ホームページを見せていただきました。

 滴水亭  

 写真を見ながら、ふといまを去ること30年ほど前の学生寮のことを思い出しました。その学生寮は父の勤める会社の子弟のための学生寮で、いろいろな大学
・専門学校に通う者が集まっていて、三つほど離れた部屋に写真学校に通うカメラマン志望の男がいました。
 
その彼の開いた個展にあった一群の写真を思い出したのです。
 
*********
 
 リンクのところを見て、すごく親近感がわきました。
 
 ガロ、読んでました、森田童子、浅川マキ、愛着あります、梶井基次郎、かなり読み込みました、・・・。

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感想!

 感想!  2003/09/13 (土) 10:30

「時代遅れの写真帳」拝見しました。
子猫かわいかったです。

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2003年8月19日

Re: 見覚えのある写真

確かにアレは部の共同制作「葛巻レポート」にオートマチックで付けたタイトル、呪文であった。[HIROSIMA]風に写真集(手焼き)を残してきた。
特美に残留してた「藤井勉」氏へのオマージュ、「判じ物」だった。セレクトの方法は少し「全日」的だったかもしれない。
「F1」借りての写真展だった。今、思うに、地道に、フィールドワーク・レポートに纏めるべきだった。

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2003年8月17日

見覚えのある写真

そうへい  2003/08/17 (日) 00:28

懐かしいものをみてしまいました。たしかタイトルは
「擬制辺地と我々の癒着」
部室に数部、無造作に置かれていました。
75年入学の私にはなんだかわかりませんでしたが、
「いかにも意味がありそうなタイトルをつけただけ」
などと先輩の誰かからいわれてますます混乱したことを思い出します。

>確かにアレは共同制作「葛巻レポート」にオートマチックで付けたタイトル。
>特設美術科に残ってた「藤井勉」氏へのオマージュor「茶化し」だった。少し「全日」的だったかも。
>「F1」借りての写真展だった。

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