カテゴリー「スポーツ」の記事

2009年11月 8日

高橋大輔がフェリーニの映画「道」を

Photo フリーの演技の曲に選んだんで、もう1度見てみようとHD保存したものを見直したんだ。“大ちゃん”の演技は惜しくもダメだったが(結果はまさしく映画内の「綱渡り芸人」役だ。)、映画の方はいろんなヒントを残してくれた。
☆参考⇒(辻基夫氏の評論
だが、上記サイトの議論にはないが「聖体祭」のシーンも気になる。挿入の理由やジェルソミーナに感情移入したときだけに理解できるエピソードの解釈。映画自体が「最後の晩餐」だという暗示か。

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(黒澤明の「夢」の葬列にも引用したパレード曲の由来やフェリーニへのオマージュかとも予感できる。)辻氏も触れているが「カトリック」の教義などその下敷きの思想や見成しに過大な願望の意味付けをするのか、そう思わせたのか。パゾリーニ風なイタリア的無神論とでもいうのかどうか。・・・こういった議論も近頃しなくなったな。
全体通して、できの良い短編小説的を読んだときの読後感みたいな後味。

☆嫌な事件が続く

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2009年9月 8日

巨人、天も味方するのかぁ~~

Images セ・リーグはつまらん。M15
毎年、巨人だろー。選挙でいつも自民が勝つのと同じじゃんけ。

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今日も日テレ中継は「天も味方するのか~~」だって。
相手チームの4番やエースを金にまかせて移籍させて(オークションの
中古品だらけ!我が家も同じだけど)、それで1番だっていうんだから、巨人ファンていう人々の日ごろの暮らし振りが想像できる。
(裏切り移籍衆が目立つと腹がたつんだけど、ファンは感覚が違うんだろうな。裏切りや
天下りが家訓だとか。)
普段から金には不自由してないのね。
挙句の果ては「アンチ巨人ていうのは結局は巨人ファンなんだよ~」なんておっしゃる。
不況知らずのいい人ぞろい

この人たちには【派遣切り】なんて『ウソ報道』って思ってるんだろうな~。

天声G語Index

★(トリビア)
こんな法律、日本にもあるなんて、知らなかった。

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2009年6月12日

初乗車?展望ロープウェイ(Mt.Jeans)

S2009_06120007

2009_06120003

ゴヨウツツジが咲き残っているかな、そう期待して展望ロープウェイに乗ってみた。初めてだったが、結構ボーッとする時間もとれて、眺めも良かった。標高は稼げないが・・・山頂駅が標高1417M。

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(梅雨入りすぐに一日晴という天気予報だったから、無駄にしないようにと軽い気持ち・・・。)
が、当然シーズンも過ぎて、ゴヨウツツジの咲きついている筈もなく、散っ切った花びらが登山道にへばりついていた。幾輪か枝についている樹もあった。

S2009_06120004_2

ここの【自然 散策路】はゴヨウツツジのほかに見るべきものもないんで、せめて秋の紅葉にもう1度だけ来てみようとなどと・・・。そのときは(休み休みながらでも)清水平くらいまで歩こうかな。

 

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2009年5月27日

不和雷同

テレビでセ・パ交流戦が中継されていて、カメラマンは本気で巨人に声援を送る小学生をアップにして、日テレ社長に媚る。Photo
(出来のいいカメラマンといいスイッチャー。なんせ生活が懸かっている・・・)
でも、その小学生、こんな小さい頃から多数派に擦り寄る生き方を覚えて、将来、いざ逆境に立ったときに(派遣切り、リストラなど)、少数派に入らざるを得なくなったときに、落ち込むんだろうな。きっと、日頃の両親の(不和雷同な)生き方に学んでいるんだろうけど、その両親も、いつまでも多数派にいられるってこと?・・・この不確定の時代に。
第一、あの秋葉事件だって、加害者、被害者のどっちが多数派だったんだ?
(イジメだって、そうだ。イジメられるのと、観てるだけのと・・・とちらが多数。)
自分で考えて、想ってサイドを選ぶんじゃなくて、膠着時には日和見、体勢が決まりそうな時点で勝ち組に潜り込む術(すべ)を小学生低学年で身につかせようとする、『麗しい親心』を『徳育』と文科省は薦める。
で、ソフトバンクが5-0で勝ってる。ピッチャーは摂津。

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2008年12月30日

スキーの季節だが・・・

04020306 新雪で、整備車のキャタピラ跡が残っているゲレンデ上で遊んでるときはそれなりに楽んでるが、初心者スノーボーダーがコースのあちこちに座りこんでるため、暢気な滑走は危険なで、爽快さもそう長くは続かない。
もう実質的に辞めたも同然だ。
やっとこの辺も雪の状態が良くなってきたが、スノーボード禁止のゲレンデがまだ無いので、今シーズンも雑木林スノーシューでの遊ぼうっと。
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2008年10月17日

紅葉(那須/大峠)を見に行ったが

0810160003

10日過ぎて、峠付近の紅葉は終ってしまっていた。(林道終点辺りは紅葉が身頃だったのに・・・、)
晴れてはいたが、空気がどことなく霞んでいたので、空も山々も何処か白っぽく鮮やかさはない。にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ
それなり込んではいた。平日なので、ハイカーの殆どが中高年の夫婦。水戸ナンバーの車が見ると目立つ。

【写真:流石山途中。右下に大峠の広場が見える】

F0810160005ar【←観音沼雨量観測所付近の紅葉】

(観音沼はウリハダカエデなどが盛りの様で、昼前は俄カメラマンが一杯だったのに、夕日が翳ってしまったため目っきり少なくなっていたが、今回の撮影は断念。)

F0810160009ar

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2008年10月 2日

大峠までテクテク

快晴だったんで、R289に別れ、大峠へ足を向けた。 駐車(観音山雨量測候所)が少し手前過ぎたので、 大峠林道終点までの往復に余計な時間を取られた。(万歩計に寄ると峠までの往復は16,600歩)にほんブログ村 写真ブログ 風景写真へ 以前は残っていた石畳も今は砕石状態で、かつての面影は失われてしまっていた。0810020005

この会津中街道(松川街道)は元禄時代、会津藩主保科正容は大峠を越えの街道を参勤交代に利用した。しかしあまりにもきつい登りで、馬は登れず、殿様も歩くしかなかったので、この峠越えの参勤交代は3回ほどしか行われなかったと聞く(麦飯坂経由か)。

F08100200060810020003

さて、風露草など花たちも最期で、紅葉はというと、本番まで、あと10日以上というところだろうか。流石山へ登りかけたが、陽も陰ってきたので辞め、撤退した。

F08100200080810020012

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2008年8月18日

国歌に胸に手を

オリンピックで国歌が流れるとき、胸に手をやるニホン選手が目立つ。
今日は女子ホッケーチームがやった。(昔流行った欧米か!って )

WEBでは、これを褒めてる「書き込み」さえ散見できる。(検索してみて!) ブログランキング・にほんブログ村へ

キリスト教国アメリカでは、学校教育のことあるごとに各教室において、子供たちが星条旗の前で胸に手を当てて「私たちは神の下にひとつになった自由と正義の国、合衆国に忠誠を誓います」という『忠誠の誓い』を暗唱させられるのである、とか。大統領任命式でも聖書に手をのせて宣誓を行う。

Spchikai ブッシュが訪れた教室での『合衆国への誓い』

韓国でも勘違いして、真似をしている。幼稚園でもそう指導している。先進国の証明だと思っているらしい。

ニホン選手銅メダルの映像のバックに「1番きれいな色って何だろう♪」が流れてる。なんか厭味だよね!

負けーて悔しいハナイチモンメhappy02

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2008年7月 3日

奥日光・刈込湖を30年振りに歩く

途中の風景にまるで覚えがない。F0807010012当時は、湖畔に降りられず横目で見ながら涸沼に向かったようだった。

静かで、生き物もハイカー数人とマガモ1、ニホンジカ1のみ。

紅葉の頃に山王峠から再訪してみよう。

F0807010016 ブログランキング・にほんブログ村へ

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2008年6月 2日

ハンドボール,今松伸是先輩

ハンドボールが注目された今頃、ググったときに下記Q08の記事に出会った。

一関高専同窓報「木魂」から

19年ぶり3位入賞と故今松先生
           ハンドボール部顧問 佐藤清忠

 平成14年8月10日~11日、花巻市総合体育館にて第29回全国高専ハンドボール選手権が開催されました。一関高専は昭和58年以来、19年ぶりに3位になり、待ち焦がれていた上位入賞を果たしました。予選リーグで津山高専に1点差で勝ったとき、東北地区大会3位で悔しい思いをしていた部員は皆、飛び上がって喜びました。私も胴上げされました。その時思い浮かべた人がおります。故今松伸是先生です。
 今松先生は本校ハンドボール部創設の頃から熱心にクラブ活動の指導をされ、放課後はいつもコートに立っておられました。先生の口癖は、「ぜひ全国で上位入賞させたい」でした。これはまた、先生が亡くなる直前に奥様と御父様につかまりながら病床に起きあがり、どうか頼みますと、何度も何度も私に仰った言葉であります。
 本校ハンドボール部には今松先生に直接教えをうけ(中略)。「あの2-4は、今松先生の方式だ」一関高専の伝統的な戦法は走力を生かして攻め、また守るというものでした。(中略) 今年の秋には、ハンドボール部創設当時からのOBが集まります。今松先生のお墓参りをなさるそうです。今松先生はあの試合を観てどんな感想を持ったのでしょうか。きっと、仲間を信じてひたむきになれ、と仰るのでは、と思いました。

 写真部の頃は学内にもクラブやサークルもなかったから、ハンドボールの話題に乗ることは殆どなく、ひたすら写真の名作についての薫陶を受けてきた。(部の運営でも幾度か氏に救われたのだった。)
 津軽紀行の帰途、寄せて貰った事があったっけ。たまたま菅原先輩も近所にUターンしていて、写真部時代を旧懐したものだった。
                              只管、冥福を祈り、合掌!!

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