爆笑問題、国立国会図書館に行く
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フリーの演技の曲に選んだんで、もう1度見てみようとHD保存したものを見直したんだ。“大ちゃん”の演技は惜しくもダメだったが(結果はまさしく映画内の「綱渡り芸人」役だ。)、映画の方はいろんなヒントを残してくれた。
☆参考⇒(辻基夫の評論)
だが、上記サイトの議論にはないが「聖体祭」のシーンも気になる。挿入の理由やジェルソミーナに感情移入したときだけに理解できるエピソードの解釈。映画自体が「最後の晩餐」だという暗示か。
(黒澤明の「夢」の葬列にも引用したパレード曲の由来やフェリーニへのオマージュかとも予感できる。)辻氏も触れているが「カトリック」の教義などその下敷きの思想や見成しに過大な願望の意味付けをするのか、そう思わせたのか。パゾリーニ風なイタリア的無神論とでもいうのかどうか。・・・こういった議論も近頃しなくなったな。
全体通して、できの良い短編小説的を読んだときの読後感みたいな後味。
☆嫌な事件が続く
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wowowで。山本周五郎の原作短編そのものを読んでいないので比較できないが、黒澤明は自らの映画制作遍歴で得た思いを重ねて脚本化した。最後まで映画化の希望を捨てなかったようで、それだけ思い入れも強かったんだろうな。 ![]()
でも、自分で映画化しないも良かったのだろう。この映画の(一時的な)ハッピーエンドな終わり方は、黒沢がどの時期の映画作品の製作情況を重ねていたのかは興味がある。そういうハッピーエンドの環境を得られたから、映画化しないでも済んだんだろう。(私も浪人暮らしを始めたので、余計そう感じた。)
時代劇。監督は小泉堯史。主演は、寺尾聰と宮崎美子。99年のヴェネチア国際映画祭緑の獅子賞を受賞。
蛇足だが、心があたたまる映画とか宮崎美子の伝統的日本妻感がいいとの評もある。
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NHKスペシャル「日本海軍反省会」の「神風特攻」の特集で、海軍の上層部で戦時中何が行われてきたかを海軍の幹部たちが反省をするのだが、この中で「やましき沈黙」という言葉が強く残った。
つまるところ、海軍の上層部中の上層部「軍令部」におけるカミカゼ特別攻撃(特攻)に関して「軍令部内部では特攻が既に流れとして出来上がっていて、組織内部ではとても反論でき
る空気ではなかった」との証言を、「やましき沈黙」と表現していた。例の「暗号が全て解読されていた」ことも同じような経緯なんだろうか。
★延べ400時間の録音の中で「その場の空気が」と何度も繰り返されるが、日本は「空気支配の国」であるようで、いまでも青年たちは性懲りもなく「KY」などといっている。
こいつらも、(実は後になって思えば)大切な場面で同じような「やましき沈黙」の姿勢・態度が日常化してるんだろうに。
☆でも、この特攻のくだりは田母神某や国粋団体は「特攻隊員を愚弄した」などと怒っている筈と思うが、さにあらず、この人等も‘KY’には敏感肌・・・・。
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ムカーシ見た「ヨーロッパの解放」(ソビエト映画、70ミリだった。)などの「スゴ~イ!」のスケール感に浸りたくて、(DVDじゃぁ弱いな~と思ったので、)シネコンで観た。
だが、横着をして、吹き替え版で見たから、余計に『長い。案外つまらん。2部作にする必要なし。』という多数意見に私も1票。
まず戦闘シーンが無駄に長い。
編集技術に、何か問題をと思ったが、エンドロールをジーッとみてたが、特にこれということの発見はなかった。
あ![]()
それに映画サイトに、こんな書き込みもあった。
娯楽映画の正しい在り方かも 採点:
投稿日時:2009/05/29 14:30:59 投稿者:ogisonnさんえーと、もう皆さんが語ってますから特に付け加えることはないのですが。
友人と「俺たちの人生に1ミリとも影響しない映画」ということを確認しあいました。
この映画に感動する人とは友だちになれません。
観賞券ばらまきのおかげで観れたわけですが(パート1すら見てないが違和感なく)、これならもう一度MILKを見に行ったほうがよかったなぁという感想です。
しかし、終盤で涙ぐみ、鼻をすすっている人を確認したときはスリッパで頭を叩いてやろうかと思ったくらい(>スリッパ履いてない)でした。
こういう人で世論は動き、消費活動はなされ、セカチューや恋空、ガールネクストドアやグリーーーーンなんかがヒットするんですね。
なんか世の中の一端を見ました。
だけど、(TVでまめに宣伝してる映画は大体この程度だっていうことを忘れたわけじゃぁないのだけれど)、『赤壁』を描いたものをチャント見たことがないんで、チョットした投資だったヨ。
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なんか不味い安酒を飲み過ぎたような後味。(wowow)。![]()
副題となった事象それ自体の持味なのかもしれないけど。
警察賛美の映画や、仮名で逃げまくった立松和平原作の映画はすでに観てたのだが、この映画の公開には随分気になっていた。
だが、諸事多忙で(田舎じゃ上映館もないし)、行動に結びつかなかった・・・。
--->>連合赤軍あさま山荘事件 のときもTV中継を横目でチラッとみたが、原則無視することにして稼業に集中してたんで・・・ふーん、という風に。
(若松孝二監督だからどうしても観なきゃという想いはあったし、制作委員会のblogも当然読んいて、上映までの経過を監視していた。
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秀作。(wowow)久しぶりにDVDに残した。
物語は、「私はもう、私に苦痛を与える場所でしかない学校には行かない。」という少女"まい"は西の魔女(おばあちゃん)の家で、ジャムを作ったり、草花を植えたり、星空を眺める魔女修行によって、"楽しく生きる"力を取り戻していくという話。(それは[学校]がやるんだが・・・)
この世界を誕生させたスタッフ・キャストもいい。おばあちゃんサチ・パーカー、少女まい新人・高橋真悠、ほかに高橋克実、木村祐一、"まい"のママにりょう。それにおばあちゃんの家と庭、そのオープンセットの美術、主題歌の手嶌 葵。
この長崎俊一監督は、あの酷い失敗作の「風の又三郎・ガラスのマント」(伊藤俊也)を以前の島耕二監督より良く、きれいに造り直し呉れそうな気がした。![]()
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「いいちこ」ストレートをチビチビやりながら、“とうさんはなぜ出口が見えなかった”のセリフに頷いてたんだ。壊れた車の前でトホーにくれる姿にフッと目が行った。“職を失った時、人は何を失くすのか。どのように生き残ろうとするのか。個々人の現実を描きたかった”という監督はテレビ主導のこの国ではまさに「生き残って」はいない。
シネマ・スタイル(wowow)はときおり琴線に触れる映画に出会う。ミニシアター系映画を扱うシネコンもない田舎暮らしだから、テレビがミニシアター系映画館なんだ。
・・・・学生の頃、寂れた『名画座』の隣に住んでいたことがあり、「鉄道員」が懐かしく思いだす。
☆あの「毒カレー事件」もどこか冤罪くさい。そして裁判員制度がテレビのワイドショーを規範にするのは目に見えてるな。(どーもマスコミ主導の魔女狩りも来るところまで来た!似非【法治国家】
はそら恐ろしい)。このテレビの「魔女狩り」について社会学的な分析や批判がしっかりできない日本人は「韓ドラ」漬けになるのも頷ける。
それに、状況証拠---目撃証言が第一、怪しい。
16世紀の魔女狩りも風評による裁判だったらしいし、当然冤罪も多かったと聞く。裁判員は「2ちゃんねる」に頼るな、という教訓になりそうだ。
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VHS版。なんせ原版が古い(昭和15年)もので画質調整しながら(粗い!)、あの「とっどど♪」を聴き郷愁に浸りつつ、映像の記憶をナゾってみた。![]()
「学校巡回」映画で観た筈だったが、それが’60年代の早い頃なんだろうが記憶は朧げで、判然としない。映画館を使ったのか、講堂だったかも記憶していない。それほど昔なんだ。
<観た>ことは間違いない)。「ドッドド♪」は確かに刷込まれているんだから・・・。
「上の原」の場面では、一般化するために「原」は低地の藪になっているのはご愛嬌。
小岩井農場辺りからの岩手山もワンカット入るが、山が近すぎて「種山ケ原」の印象は矢張り出ない。ほかに、なんと「軽便鉄道」らしい画も入る。きっとファン・サービスなんだろう。(この辺は伊藤俊也の変な映画のほうが雰囲気がいい。原作にない場面を自分でカットしたビデオも手元にあるので、観なおすことにしよう。)
又三郎のガラスのマントもあんまりビニール風だし、風の表現もいまいち。戦時直前だから止むをえないけど・・・。でも、又三郎が空に舞い上がる画もちゃんと合成で作ってるんだ。
・・・盛岡弁や南部訛りじゃぁ無いのは現代と同じだけど(山形弁か・・・)・・・
それに、少年片山昭彦も今観ると「路傍の石」の印象が強すぎるから、どうもいけない。
ビデオの裏面の謳い文句に『宮澤賢治の寓話世界を・・』とあるが、この「寓話世界」という書き方は妙だ。(仮に寓話としたら、現実の話は何だろうか。いや「寓話」は「童話」の語植かも・・・)
(この頁、書きかけ 未整理)
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(戦争ドラマやホラー・西部劇は自己責任の予定調和だからOKだんだが・・・第一、ゾンビ退治もショットガン・・・アァ、また銃かって思うし・・。)
観ている我々はどこか虐げられた気持にさせられるので、農薬ギョウザを買うときみたいに、できるだけ映画の製造国名を見て、身構え、覚悟をして、『平常心の鑑賞』に耐えるものかどうか判断してるんだ。
・・・WOWWOWなどのガイド本も米国映画は読み飛ばす癖が身に付いたみたいだ。
もめごとの解決には隣人関係でも国際関係でも【銃器】が一番だ、と考えるアメリカ国民。
こんな風に銃器にすがって生活するあの国民はこれからも「ライフル協会」と「キリスト教会」と「核爆弾」に固執した映画を世界に売り続けるということか。
そして、それをグローバル化なんて喜ぶのが日本の経済界なんだネ。
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●話題の映画だったし、カンベちゃん(神戸浩ファンだから)の様子も見たくて、前作同様、茶の間でボーっと観た。そのカンベ氏の郵便屋は良いネ。
前作では、印象に残ったのはラストシーンの「夕日のCG」だった。が、今回の「続」は本当に時間のムダだった。
○当初のミゼットの爆走や変なゴジラが愉快だったし、何か期待して最後まで観ちまったけど、俳優も揃えている割りにヒドイ映画だった。監督のせいばかりでもないようだ。
○セリフも演技もシナリオもトモエが日本橋で旧恋人に逢う場面なんて蛇足で必然性もないヨ。中学生が書いた稚拙なラブレターのような茶川の“小説”のエピソードなんて、西岸だけの世界。(漫画ではイインダヨ)
○原作は何気なくラーメンすすりながら眺めていた記憶だが、西岸の書きこみすぎる絵もストーリ展開も、いろんな意味で引っかかっていた。
●先日、黒澤の『どですかでん』(BS)も観た。下敷きの山本周五郎『季節のない街』は許せるが、黒澤の貧乏人描写はどうもいけない。
(洒落にもなってないし、上から目線だし)
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BS2で深夜、
土本典昭のドキュメンタリー映画。 蛸を捕り、それを生締めにする画が、胎児性患者の場面と記憶の中でオーバーラップして印象深い。
当時の私たちが頒布いた小写真集「この地上にわれわれの国はない」を思い出して、改めて開いた。
(今は手元に1部あるだけ)
冒頭のアジ文に【この写真集は『「見る」ためにつくったのではありません。現実を変えるために、公害をこの地上から完全に放逐するために(中略)。見たらすぐ措いて、街頭へ、現地へ・・・・】とあって、この写真集作成の時点で任されていた何箇所かの取材(撮影)ができなかったことなどの辛い記憶を反芻しながら、映画の途中で寝てしまった。
「蟹工船」に共振している青年たち、ワアーキングプア、秋葉原事件、韓国のBSEデモなど、今の時流の中に上の【街頭へ】の示唆が見えてくる。
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名映画「砂とダイヤモンド」だの「地下水道」だの、評価の高い映画監督アンジェイ・ワイダは社会主義体制と戦って、アメリカに貢献した監督でしかなかった。というより、ソビエト(昔のロシア)にただ反抗した“人”なのか。(父の恨みをはらすことが狙い)NHK特集はそう描いた。
映画を撮ることが支配に反抗することなんだってことか。自・公支配に何一つ反抗できない、今のTV業界の「自虐ネタ」なんだろうか。(それとも既に潰えた「共産主義幻想」を逆撫でする「はなし」なのか。)
ハリウッドは「昔の反ナチズム」映画を後生大事にいまでも続けてるし、(時おり反共宣伝や反イスラム教宣伝も混じるが・・)、共和党の政策!
深夜の日テレは反米軍基地ドキュメントもこっそりやってみたりしているが、(一時のCNNみたい)、政府統制下のNHKではできない。ジャーナリスト根性ってのは、そこまでか。せめて、ワイダ特集が「遠まわしの自虐ネタ」であってほしい。
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サイエンス・ZEROの特集「粘菌の力」で南方熊楠が当然取り上げられる。
懐かしい名前だ。森林学の学生だった頃の記憶だ。
粘菌でネットワーク管理とか粘菌が操縦する多脚ロボットなど話題は豊かで、(参考サイト⇒ Slashdot Japan)「知」の世界と私の日常との距離を改めて実感した時間だった。
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ハリウッドの娯楽映画の味付けのせいで、典型的ラブ・サスペンスと思ってたが、今夜観てて、
途中までは、無駄のない演出・編集に感心してたのに
「なんだ、結局、露骨なアメリカ戦時情報局の戦意高揚政策映画か」、と醒めた。
抗ナチ、今は抗イスラム教のワン・パターン・・・・ハリウッド映画は、常に、神経をざらつかせる!
そしたら、悲しいことに、バーグマンやボガードがお笑いの自虐タレントに見えてきた。
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上海ロケとVFXで作り上げた東京の風景(戦後の銀座周辺)は手間がかかっている。(上海郊外の運河と柳の戦ぎが心地いい。(私は江南南方に行ったことはないが・・・ガード下シーンに現地のママの落書きが見えた。)だが、
・「堤真一(京極堂)、阿部寛、田中麗奈ら、今が旬の配役を揃えてこんな映画しか作れないんじゃあ、」とか
・「日本の伝統、伝説も説明不足な上、関口の狂気もない。
憑き物落としに重点が置かれていないので、京極堂が出てくる意味もなく、狂気が表現できていないので、関口が出る意味もない。
・監督は小説を読んだのだろうか? 」という評価(goo)に拍手。そして
・時間ずらしなど奇を衒った『映画を作り過ぎて』混乱させる手法はどんなものだろうか。(もちろん「原作」にも無理があったが)、
・クラ
イマックスシーンはドリフのコント、笑える(原作者の話)。実はこれらのシーンはほんのさわりだけでいいんではないか。あの長い原作でも印象がない。
⇒のシーンはdoramaticで秀逸。(特に京極堂と敦子)
この監督、京極は難しいので、島田荘司くらいにしておけばいいな。
ま、「原作」もほぼ忘れた頃だから、(たまの日曜日を)それなりに楽しめたが、後半は飽きた。
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日本のフォーク&ロック(BS2)のリクエスト1位だったそうな。
フラッシュはuchitama(M・maemura)氏製作だ。うまいけど少しクドイかな。
♪しぼったばかりの夕陽の赤が 水平線からもれている~
苫小牧発・仙台行きフェリー ~
この曲が世に出た頃(1975年)、聞いたor流れていた記憶がないのだ。
環境が記憶を拒否していたんだろう。(拓郎が厭だった訳でもないのに。)
♪あのジイサンときたら~わざわざ見送ってくれたよ~
あんな生活様式と縁を切った、or切らざるを得ない時季だったのかも知れない。
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止せばいいのにBSで観てしまった
⇒『原作』をまだ読んでいないのにで (ストーリー展開は原作に沿っているが・・、図書館勤務もあって、モノは身近にあっても読む動機がなかった。)。映画は別物と考えるべきでも・・・。
ルネ・クレマンは居酒屋というゾラの作品を舞台にもう一つの「禁じられた遊び」を撮ったのだろう。‘ナナ’への眼差しでそれが思われる。(首にリボンを結びパリの裏街の通りで近所の男の子の目を惹きつけるラストは「女優ナナ」の序章だが、‘禁じられた・’のポーレットと同じ終わり方だ。)。
ちなみに、「時代風俗の再現は見事だが、映画的なふくらみに欠け、陰惨な物語をただ映像化した感は拭えない。」が一般的な評である。
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太平洋戦争末期、オランダ領ニューギニアを占領していた日本帝国軍の一部が、素人芝居に熱中していたという話だ。
号泣必至!と謳ってるが、実は「戦場に架ける橋」の翻案版なのだろうけど、そこには現地住民も意識して出さないし、連合国軍も空襲のシーンが少し。
思うに、日本人の組織は極めて内向きで、文字通り[和]が重要なのだ。軍隊も例外ではなく、戦闘は外向きの「お祭り」でしかない。戦場を意識させず(封切りのころは、ニューギニアが舞台と言ったら悲惨な戦場、と決まっていたのだろう)、戦闘は「わっしょいわっしょい」やるもので、それも稀な、特別なイベント、硫黄島は異色な例。
その内向きの行動規範から「南京事件」が必然的に発生したようだ。(検証はこれから)
近頃、官民問わず発覚している多彩な不祥事も、その組織内部では「通過儀礼」として欠かすことが避けて通れられなかった「慣習」に由来している。「お手柄」として褒められて来たことだった。その同族大事が「いじめ」や「隠蔽工作」に繋がる。2ちゃんやMIXYも同根だ。
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ニューポート・フォーク・フェスに集まった(当時の)若者達のインタビュー映像と音楽。
ベトナム本格侵攻前だから、「ボブ・ディランは体制に取り込まれた」、「放浪が好き!」などの語り口にその後、ベトナムで消える運命の青年も、べ国民衆虐殺に加担することになる若者たちも、このアップ映像もある筈、と思うと、不思議な気がする。(冥福を祈るほかはない。)
PPMの「風に吹かれて」にcanonballの影が薄いこないのが、この頃の空気を語っていた。
How many road must a man walkdown
before they call him a man.・・・・・
そして、今、9.11からアフガン、イラクとアメリカの彷徨は続く。
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movixで。
大友克洋なのに・・・・という感想。『AKIRA』とは勝手が違うか、実写だし・・。
オダギリ・ジョー、蒼井優などキャスティングは良かったのに、サブ・ストーリーの筈の『ギンコの過去』に拘りすぎて、変に重っ苦しい筋立てになっていまった。アニメに負けてた。
画像:(C) 2006「蟲師」フィルムプロジェクト
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つま恋35年ぶりの同窓会を見た。再々放送で。
たくろうの「落陽」は曲想が好きだが、ほかはドーモ。
それよりも、例の「MY way♪」の方が向いていそうなあのオジン集団には、心もち嘔吐感。35年前の「人間なんて」の映像に感じたものものと同じだ。
「君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしをしないでくれ 永遠の嘘をついてくれ 出会わなければよかった人などないと笑ってくれ」とは、中島みゆき。
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逆境に会ったことは、の問いに、「小学校の水泳競技の練習」という答え。(それからは、まるで一切が順風万帆だったんだろう。農家学者、いや脳科学者!)
素直に、うらやましいと思え!⇒link
そういう輩が人の逆境を語るのは、冷やかしか。(俺だって昔、間違って、千円札を側溝に捨てたことがあるぞ。)
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街頭インタビューに「海の日?」と答える学生?!
終戦記念日の今日、和製ポル・ポト、小泉の靖国強行に狂喜乱舞するテレビ各社。待ちくたびれたといってる。マスコミ社内でも上記の質問をやってみたらどうか!
中国政府の二分論も有効性を失ってから久しく、今回で台無しとなった。(韓国は論外。)
「大東亜戦争」戦没者遺族の会、日本遺族会にもA級戦犯遺族はいるのかいないのか。合祀をいう前に整理が必要か否か。どうして遺族になったのかも含めて・・・。
これで靖国の存続に赤信号が灯った。遺族会は小泉に感謝しなければならない。
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もう10回以上は見ているはずだが、今日は初見のような気がした。
「太陽がいっぱい。最高の気分さ。酒をくれ。」というトムのセリフに感情移入ができた。ストーリーの大枠は同じでも、まるで別の映画だ。今までは、過剰なカット叛だったようだ。BSのノーカット放映はそんな意味でありがたい。
今日がテレビ放映は最後だという日。69年だったような記憶がある。全日会館でのこと。
前後して、安田講堂があった。
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8・4 NHKラヂオ
・ あなたにとって「いい映画」とは?
・ 映画に何を期待しますか?
コメンテーターは、掛尾良夫さん(キネマ旬報映画総合研究所所長)
この中で、「映画で学んだこと」という話題があって、十二人の怒れる男(12 Angry Men)やサウンド・オブ・ミュージックで「反権力」を学んだ、という投稿を紹介していたが、ハリウッド映画で「反権力」はないだろうに、と思ったよ。
ハリウッド映画じゃあ「反権力」じゃなく「汎アメリカ」じゃないの。
自分の国が嫌になったらアメリカに住みなさいっていうメッセージばっかりで、「ハリウッドに従う」姿勢を強要する「権力」そのものだよ。今、日本では反米こそ「反権力」だとおもうよ。
今年日本で上映されたハリウッド以外の映画で、国内の人種・宗教対立、国内紛争、戦争を描いた作品は味わい深いものが多かった。タリバン支配下のアフガニスタンを描いた『カンダハール(Kandahar)』(モフセン・アフマルバフ監督、イラン=フランス映画、2001年)、1930年代のリバプールを舞台にした『がんばれ、リアム(Liam)』(スティーヴン・フリアーズ監督、イギリス映画、2000年)、日中戦争末期の中国農村での出来事を描いた『鬼が来た!(鬼子来了)』(チアン・ウェン監督、中国映画、2000年)、そして『ノー・マンズ・ランド』。これらの映画は笑いもあるが、重いテーマが見終わった観客の心に残る。もちろん、全てのハリウッド映画がそうではないが、単純・明快・その場限りのハリウッド「娯楽」作品がなんと多いことか。しかし、単純なメッセージほど「洗脳」には打ってつけだ。だから、私のハリウッド映画批判はまだまだやめられない。__清水雅彦(和光大学)氏
収穫;「近頃はどうでもいいような映画で感動の涙を流す観客」の話。
卑近な出来事だけに感動して涙ぐむ、いまの若人の実態!ヨルダン市民へ感情移入することができない若人たちのことだろうか。
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風情 日本「東京~面影」がいい。フィラー、クッション番組だけど。
小津映画の遺産、昭和初期。 曇り空 井戸水 木造家屋と狭い路地で植木鉢に水を遣る老人達、駄菓子屋、新早稲田館 DVDで欲しいな。
大貫妙子の「エトランゼ」、「光と影」、「風の旅人」などがぴったり。 (矢野顕子はピアノがうるさい。)
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あらためて、ゆっくり鑑た。アラばかり目立った。これは、原作をなぞっただけか、と。
原作も実は読んでいないのだが、博労(雁の助)の頓死もエピソード、構成要素の部品以
上の意味を持ちえなかった。子役のギコチない演技の演出不足。などなど・・・ラストのあぶくの揚がる「泥の河」の画に、象徴的な意味を持たせようとしたが、それ以前のモロモロが知に走りすぎたため、効果が薄くなった。演技する俳優がいて、脚本があっての「映画」として観ると、駄作。監督以外のスタッフが監督の目を盗んで脚本どおり繋ぎあわせたように思えた。この人は短編のカメラワークだけのモノなら、上手いのだが。
封切り当時の印象とは真逆だった。画面構成やカット割など、映像性(カメラも)は小気味よかった。正直、衝撃的でもあった。が、風化に弱かったみたいだ。第一印象で勝負!。
結論:原作者宮本輝も同感だろう。どうも、知にはたらいて角が立ち、情に棹さしゃ流されたようだ。映画作りの難しさはそこだ。
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アンジェイ・ワイダ 懐かしいが、今見ると、変に複雑な心持。映画評参照(中川敬)
ワルシャワ、マチェク、クリーシャ、ポーランド国旗。新しい圧政の幕開けだった。
本当にクリーシャはダイヤモンドになったかな。全・米国主義の圧制の今!
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中年クリント・イーストウッドも懐かしい。欠伸が出ない娯楽映画ってのもあるってことだ。
ホラー系は心地よくて眠くなるし、純愛系は結局は昔のロマン・ポルノに届かないし。「人生を映画で語られてもナー」という気になる感動系の駄作とか、空回りの「爆笑ドタバタ」っていうやつも、その辺の「新作映画のお勧め情報」に溢れている。
50~70年代に刷込まれた「映画」の味は近頃は、都心の「ミニ・シアターのアジア映画」でしか得られない。
「命令の従うこと(何かを成し遂げることではなく)自体、従うポーズをとること自体が、稼ぎに繋がる。」という教訓映画。そういえば、近頃は「はい!」という返事が、抵抗無く出来る。本音では多少引っかかりがあったとしても・・・えーじゃないか、金になればって。
ワタシは原則としてハリウッド映画はフツーは見ない。何にもかも、銃で解決する展開が好きではないから。物語の最後はいつも銃で、興醒め。(きっと、ライフル協会プレゼンツ。ブッシュ推薦のきな臭いホームドラマだ。)
イラク映画や
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久しぶりに見た。(東野もの)

(寺島一秀によると) 日本人にとって期待され、好まれる指導者像には不思議な特色がある。「体制派のエリートだが、実は開明的で改革派」というイメージ。水戸黄門がその典型である。天下の副将軍がなぜか諸国漫遊、庶民派として「民の声」を聞き理非曲折を糾すというストーリーは今日に至っても根強い支持を得ている。「此処におられる方は何方と心得る。先の副将軍、水戸中納言光国公なるぞ。一同頭が高い。控えおろう」という定番のセリフに悪代官、悪家老が平伏するという展開に多くの日本人が痺れる。
いかなる悪党もその権威にひれ伏し、体制の腐敗を糾す開明性に庶民は納得し溜飲を下げる。
しかしここで登場するリーダーは庶民に人望があり庶民の信任を得て誕生したリーダーではない。庶民の手の届かない体制側によって任命されたもので、民主主義の時代にはそぐわない出自である。しかも悪いことをするのは代官、家老といった中間管理者でトップリーダーは開明的であり改革派であるとの設定になっており、庶民のみなさんは体制そのものの変革とか、社会システムの本質的矛盾を糾すというような問題意識を捨てて「すべてお上に任せなさーい」「悪いようにはしませーん」という世界にリードされてしまう。
黄門さまを待望する気持ちは、田舎のオンブズマンと同じで というところか。つまらん。小泉の言いなりだ。
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朝生テレビで、生き残りの大日本帝国軍人たちの談話。『50年経ったら、アメリカに反撃を加えるという気概を戦後ズーッと保ち続けてる』と。
9.11をどう感じたかを聞きいてみたかった。合言葉は“リメンバー「hiroshima」”だよ。広島を当時の新聞は「蚊一匹残さぬ殺戮ぶり」と書いていた。
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(世界より1週間遅れで)見てから、板室温泉で映画館を反芻しつつ露天風呂、チャーシューメンで仕上げ、雨の一日が暮れた。
表示を確認しないで入ったので、吹替え版だったが、(トム・クルーズの生声に愛着しないから)充分楽しめた。
親子連れなど、客は7人。で、いまだ姿を公開されてない「全世界注目」という原作のままの侵略兵器“トライポッド ”の印象は、どこかで見たことがあると思ったのは、どうやら、初期の『鉄腕アトム』か10年前の『庵野アニメ』の雰囲気。未見の人は劇場で、というところだが、どうか。
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NHKアーカイブで。故・「桜守」佐藤良二さんの話。
映画「さくら」は、篠田三郎。神山征二郎が監督。
ついでに、「柳川堀割物語」は宮崎・高畑コンビの最高傑作。広松伝氏の御冥福を。
*
啓蟄が過ぎ、春分も、もうすぐ。そして桜の季節も近づく。
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どうして、テレビアニメって「ヤクザ口調」で、溢れてんだろう?NARUTOは(サスケ以外は)まだいいほうだよ。
(昔のキン肉マンや花の応援団は、似合ってた。)
生徒等は、自然発生じゃなくて、アニメ(公共の電波)で公認されてる口調を真似る。
一人称で「ボク」といってると、即イジメられ役になるって。
(ジブリでは海賊の下っ端役が使ってるが・・・・。)
コミックスなどの紙ベースならば、影響度は低い。幼稚園児まで「テメー、このヤロー、ブッコロスゾ!」。
(カラオケはダサイ「ラップ」だし、『ゴクセン』の悪たちは教室では、ヒーローだ。)
テロップに、『ことば使いは***だから、決してまねしないでください。』って、入れるべきだ。
*
ゴルフは昔から「ヤクザ空間」だったが、テニスも今はそうなったのか。
今上天皇も、仕掛けは「軽井沢テニス」だったのに・・・・・。
私は嫌やだ。(もっとも泥酔したときは、使ってるらしいが、覚えちゃいない。)
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いまの仕事に関係するので、改めて見直した。視聴率が史上最低になった理由が解かったような。
だいいち、無駄に長いし、すでに過去の人になったなんかを出したり、ライブなのに、へたな番宣Video(冬ソナなど)もあって、組の流れを酷く壊して、ブツブツ細切れになってたし。
会場の拍手を遮る、忙しく、間のない次曲の紹介の入り方。
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お茶の間審査員とかズレてる橋田壽賀子やしつこい堀尾アナは特にうっとうしいし邪魔。
五輪選手や彼らが出てくる毎に、おいらもそのたび、チャンネル替えるから、イントロ聞き逃した曲なんかもあったりして、とにかく落ち付かない。
くだらない旗合戦とドリカムをくっ付けて。歌の余韻も何もあったものではない。
などなど、さまざまな悪因を孕んでいた。いかに『主役たち』の印象を薄めようとしてたか。日野原重明先生の存在が救った第二部のほうが出来がよかった。
とにかく歳時記にもある大衆芸能祭を、あの海老沢が潰したか。それとも、小泉宰相か、金将軍さまか。
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NHKアーカイブ。樋口一葉の原作は読んだが、文語体を読むに懸命で、味わうゆとりはなかった。
ジュサブローの人形、杉村春子の語り、三味の音・・・この重さは意外だった。
時代背景もあるのだろうが、後の椎名麟三へ繋がる戯作者の境地、重き流れの中を覗いたようだ。
つづいて、
(夜回り先生の再放送を見る。最近、彼は解雇された。)
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原作 阿Q正伝を読む気分になれなかったんで、とうとう読まずにきた。
「魯迅、孫文、辛亥革命、阿Q」、も受験用語でしかなかった。だから、「゛阿・Q生”(の)伝」と読んでた。
魯迅は、読者が思い入れができるどんな人物も一人として描かないでいてさえ、中国近代文学を開口したというのだが。
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BS深夜映画で読書の代用だ。
が、この映画の底は「『イワン雷帝』に見立てた江沢民」礼賛があるようだ。
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【憑き物落し】になったか。
原作は出るとすぐに読んだが、憑き物は落ちなかったんだ。 資料の『氷の城 連合赤軍事件・吉野雅邦ノート』は読んでみて、あの時代の式神が見えたような気がした。・・・
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監督の高橋伴明は「ワッペイだけを打たせておくわけにはいかない」と言ってたとか。
この映画も、2度と見ないだろうし原作も読み返すことはないだろうな。対体験とはそういうもの。
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こういう田舎じゃ映画館でこういう映画を見ることはない。せめても「映画生活」読んでDVD見て、映画FANであり続けようか。
※要約はssrc氏のサイト 【不自然なSFの意匠】(参照)。
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昨夜につづきローカルな映画。
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栃木県では山本有三(路傍の石)の流れで、お決まりの、重くて暗く淀んだ【被虐少年もの】が伝統なのか。
自然災害の少ないのにもかかわらず、日常を生きるのに相当に窮屈な我慢が必要な風土。
叙情を嫌うどこかイコジな県民だ。日本人の原型としての卑屈ささえも、かいま見える。
乗り越えられない壁。『するどく黒くえぐるもの』
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群馬県の「眠る男」を(批判に耐えつつ)選ぶ見識とは大きい落差。郷愁も感じられないし、二度と見ないだろう。
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機会がなかったが、今日のBS2で見ることができた。満腹感、そして軽い疲労感。
映画瓦版の「群馬県民映画。これでいいのか?」には賛同!(が、二度目も多分観る。カモシカはしつこかった。)
でも、明日は仕事を休もう。
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「挑戦者たち」となってるが、つまりは傍流にいて(創意・工夫で、闇研などで禁忌を破って)、偶然、『勝利者』となりえたラッキーな者たちの、
***手柄話***(或いは*自慢話*)なんだな。
サクセス・ストーリーあるいは勝組だけの同窓会。
世間に数多ある負け犬の空吠え物語には琴線が共振しないものの、赤提灯風くどき話もイヤだ。
単なる「ノウ・ハウや情報」でしかない。松下政経塾の亜流。
ダンボール・ハウスの向こうに明日が見える♪
挑戦して勝てなかった人たち(つまりは負け組)が自分では味わうことができなかった「勝利の蜜の味」を、替わって味わせてあげるっていう番組なのか。「感動した」なんて云うな。かえってしんしん惨めになるぞ。
禁忌に挑戦て負けた日陰の人たちには、辛さを反芻させて呉れているNHK・今井彰氏に是非感謝(笑)して見よう。
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